あがり症の人は「空気読めない」か?

KYという言葉が、はやっているようです。集団の中で、その場の雰囲気に気づかないことを、「(空気Kuuki)・(読めないYomenai)」と言うのでしょうか。

さて、あがり症の人は、空気を読めるのでしょうか、読めないのでしょうか?「空気を読む能力」を、仮に「その場で誰が今、何に関心を持っているのかをとっさに感じ取る能力」と仮定して見ます。その場合、あがり症の人は、自分がどう思われるかにとらわれて、相手の関心に注意を集中できないかも知れません。そう考えると、空気を読めない部類に入るのでしょうか。しかしこれは、あくまで仮定です。いろいろな考え方ができると思います。

ところで、日本人論として、集団の中で、その場の空気(雰囲気?)を読むことについて、1997年に山本七平氏が『空気の研究』という著作の中で、戦前・戦中の例をあげて秀逸な考察をされている事が思い出されます。

また、あがり症の人は、たいてい「ひっこみじあん」、「恥ずかしがりや」とか言われることが多いようですが、同じような意味で「内気」、「内向的」と呼ばれることもあります。このような人の中に「人からどう思われようともかまわない」と、「空気を読まない、読もうとしない」人もいるようです。

「空気を読む」とは難しい問題ですね。

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「あがり症」は自己表現欲はあるのか?

あがり症の人は、人前で自分の意見を発表するのが苦手です。では、あがり症の人は自分の意見を持っていないのでしょうか? さらに、、あがり症の人は自己を表現するのが嫌いなのでしょうか。どうもそうでもないようです。あがり症の人は直接、大勢の人の前に出るのが苦手なだけのようです。仲の良い少数の人たちに対しては、自然に自己主張しているようです。

そして、あがり症の人は、他人に自分のことを知ってもらいたくないのでしょうか。さらに、あがり症の人は、自己表現欲(自己顕示欲)がないのでしょうか。どうもそうでもないようです。その一つの例として、ブログの隆盛があると考えられます。皆さんブログで想像していた人物像と実際に会った人物像のギャップを経験したことはないですか。その中に、実際に会ってみて、あの物静かで、控え目な人が、あんな面白いブログを書いていたのかとびっくりしたことはありませんか。自分を表現したいという欲求は誰でも持っているのではないでしょうか。

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「あがり症」に人混みの平気な人と苦手な人がいる?

ここでは、「あがり症」をアメリカで定義された社会不安障害(SAD)と、日本で研究された重症対人恐怖を含めて含めて考えてみたいと思います。

社会不安障害(SAD)の人は人混みは平気なことが多いようです。「人混みに紛れていい」と楽なようです。

それに対して重症対恐怖の人は人混みが苦手なようです。そのような人たちは、「街で見られている」、「街で自分のことを話している」、「街で自分の容姿・動作が変と思われている」、「街で人に不快感を与えている」などと考えがちです。そのため、人混みで緊張・圧迫感を感じ、人混みが苦手なようです。

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あがり症の人は昇進が苦手で不眠になりやすい?

ここでも、あがり症を社会不安障害(SAD)とだいたい同じとして考えてみます。

あがり症の人は、昇進して中間管理職になると、精神的に辛いようです。リーダーシップを取って、部下に仕事を割り振りすることや、部署の責任者として外部と交渉することが、あがり症でない人よりも、苦手のようです。その中に、本人の感じるプレッシャーが強くなると、寝る前に仕事のことを考えて眠れなく人が多いようです。頑固な不眠を訴える人の中に、「あがり症の昇進」が背景にあり、うつ病の準備状態になっている人がいます。

最近はシステムエンジニア(SE)として働く人が多くなっています。あがり症の人がSEとしてプロジェクトのチームの一員として働くのは問題ないようです。その中でSEとして能力を評価されプロジェクトリーダーとして抜擢されたとたんに、プロジェクトをまとめてリーダーシップを取る役割を追加されると、あがり症の人はかなり強い心理的プレッシャーを受けやすいようです、不眠を主訴にして来院されるSEのなかに、うつ病準備状態の「あがり症の昇進」が隠されている場合があるようです。、

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あがり症に対する「恥」を、日本人は主観的にとらえ、アメリカ人は客観的にとらえる?

「あがり症」を日本の「軽い対人恐怖」とアメリカら入ってきた「Social Anxiety Disorder(SAD)・社会不安障害」と同じものとして考えてみます。日本の対人恐怖の説明には、本人は「対人恐怖」を「恥」と考えて悩むと書いてあります。そして、アメリカの診断の手引きにも、社会不安障害の診断基準に「自分が恥をかかされたり、恥ずかしい思いをしたりするような形で行動(または不安症状を呈したり)することを恐れる」と書いています。アメリカ人でも日本人と同じように「恥ずかしい」と考えるのですね。次に、日本では対人恐怖の人は「恥にとらわれ、執着する」よく言われます。そして、アメリカの診断基準では「その人は、恐怖が過剰であること、または不合理あることを認めている」と書いてあります。この日本の「とらわれ・執着」とアメリカの「過剰・不合理」という点は、日本人とアメリカ人の「恥」に対するとらえ方の違いではないでしょうか。飛躍した理解かも知れませんが、つまり、日本人は「恥」を主観的考え、アメリカ人は客観的考えるといえるかも知れません。

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日本人には顔見知りのあがり症が多い?

「旅の恥はかきすて。」という諺があります。これは、日本人は旅行をすると、大胆にになり、思い切ったことをするという意味でしょうか。これを「あがり症(社会不安障害)(軽い対人恐怖症)」の観点からみると、日本人は、初対面の人の前では、固くならず、自由に行動できるが、顔見知りの前では、固くなり、行動を抑制するということでしょうか。そうすると、日本人のあがり症は、初対面のに対してではなく、顔見知りの人に対して多いということができます。このことを、日本の「村社会」の概念から考えるのは、私の能力以上のこです。それはともかく、日本人の世界旅行好きと、マナーの悪さの定評は今もあるのでしょうか。

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過労による”うつ病”に”抗うつ薬”は役立つか?

当院は横浜駅の近くにあるためか、働き盛りのサラリーマンの方が、男女を問わず多く受診されます。その中で、「会社と合わない。」、「会社の人間関係が悪い。」というものでなく、明らかに働きすぎ(過労)で”うつ状態(うつ病)”になっている方が多く見られます。ひと月の残業時間が約100時間以上で、土日も出勤という状態の方もいます。残業代はついている方が多いですが、ついていない方もいます。毎日、家に帰って寝るだけか徹夜の生活で、やっと取れた休日は、自宅でゴロゴロ寝ている方がほとんどです。そのようになってしまった方に限って、「休む。」あるいは「早く帰宅する。」ことを勧めても、いろいろな事情をあげて、「今はできません。」と答えます。うつ病の治療の基本は”休養”と”薬物療法”と言われていますが、この方たちに、しかたなく抗うつ薬をを処方しますと、意外と楽になる方が多いようです。そして、うつ病のために気弱になっていたのが抗うつ薬で少し改善し、うつ病と診断・告知されたことで”自覚(病識)”が生まれるのでしょうか、上司に訴えて、勤務が“楽になる“様に自分で調節するようになることが見られます。そのような意味で「過労による”うつ病”に”抗うつ薬”は役に立つ。」ようです。

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自己腹鳴恐怖は社会不安障害(SAD)か対人恐怖か?

自分のお腹の音(腹鳴)が周囲の他人に気付かれるのを恥ずかしく思い、苦しむナイーブな人達がいます。この人達は、恥ずかしさを、他人に注目されるから恥ずかしいと思うのであれば社会不安障害(SAD)と考えられますが、他人に不快感を与えて嫌われるのが怖いと考えるのであれば対人恐怖とも考えられると思います。これらの自分の腹鳴を恥ずかしいと思う人達は、授業中や試験中で静かな部屋にいる時に、「お腹が鳴るのが恥ずかしい。」と訴える思春期の男女、会議で静かになった時に「お腹が鳴るのが恥ずかしい。」と訴える若い女性などが多いようです。いずれにしても、自己腹鳴恐怖も社会不安障害(SAD)に準じた薬物療法で軽快することが多いようです。

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社会不安障害(SAD)でなく対人恐怖としての自己臭恐怖

最近日本でも、「人前であがるのが辛い」「人に注目されるのが苦手」といった、アメリカから導入された社会不安障害(SAD)が注目されていますが、SADがアメリカで注目されたのも比較的最近のことです。日本では以前から対人恐怖として研究さてて来ました。その中で社会不安障害(SAD)の診断基準からは外れてしまいますが(重症であるため)、似たものに自己臭恐怖があります。これは自分の体臭が周囲の人たちに不快感を与えていると信じている人たちのことです。この人たちは自分の体臭が相手に気付かれ、嫌われるのを恥ずかしく思い、苦しみます。周囲がなぜ自分の体臭を嫌っているかは、相手の表情、態度からわかると訴えます。例えば、自分がいるとクラスの人が鼻を鳴らす、同じ電車の車両に乗っている人が自分の座っている席から離れていくと訴えます。たいていの場合、体臭のもとは”おなら”、”ガス”と結論づけていることが多いようです。この人たちは、診察室では「自分の"おなら"が特別に臭い。」、「自分から”ガス”が漏れている。」と訴えることが多いです。これらの人達も、本人の確信の度合いによりますが、社会不安障害(SAD)に準じた薬物療法で軽快することがあります。

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人前で吐くのを恐れる社会不安障害(会食恐怖)

人前で吐くのを恐れる社会不安障害の人たちがいます。たいてい人と一緒に食事が出来ないので会食恐怖ともいわれます。これらの人たちは社員食堂で食べれず、独りで食事をするので変わっていると思われたりします。また、女性ではデートに誘われても断ったり、デートで食事をしてもほとんど食べなかったりして、男性に好意を持たれていないと誤解されたりします。(男性では、好きな女性を会食に誘えない苦しみとなります。)さらに、飲み会に誘われても断ったりして、付き合いが悪いと誤解されがちです。これらの人たちが、自分が嘔吐恐怖であり、治療可能であるとわかれば、今までより楽に生活できるようになります。

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吐き気のパニック障害

パニック発作の症状が吐き気だけの人たちがいます。これに広場恐怖が伴うとと閉ざさされた逃げられない状況が苦手となります。たとえば、長い時間降りれない電車・バス、抜けられない会議、テストが苦手です。しかし、いずれの場合も、トイレにいつでも行けるのなら大丈夫です。たとえば、トイレのない特急電車は苦手でも、トイレのある新幹線は平気です。そのため、吐き気のパニック障害の人たちは、たいていの駅のトイレの位置を覚えています。これらの人たちが一番苦手とするのは、集団パック旅行です。いつトイレ休憩になるかわからず、トイレのためにバスを途中で止めるには言い出しにくいからです。この症状が激しくなると、外で吐くのが怖くて、家に引きこもりがちになったり、外で吐くのが怖くて、自宅で食べるのを制限して摂食障害とまちがられることがあります。このような人たちにも、パニック障害と診断して治療をすれば、よくなります。

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アメリカ人の他者視線恐怖と日本人の自己視線恐怖

アメリカで社会不安障害(SAD)の研究をしているLiebowitsのLSASという症状評価尺度には、「人々の注目を浴びる」、「あり良く知らない人と目を合わせる」といった項目、つまり「他者の視線に苦痛を感じる」といった「受動性」と受け取れる項目があります。言い換えれば他者視線恐怖といえるでしょうか。それに対し昔から日本で議論されてきた重症対人恐怖症には自己視線恐怖といわれるものがあります。この自己視線恐怖は「他者に自分の存在をどのように評価されているかを強迫的に疑い・不安に陥り・とらわとれているという心性」が中心的な苦痛で、「受動性」と受け取れますが、「加害性」を帯びているといわれています。これは、自分の視線が、「他人に不快な感じを与えている」・「自己が他者に害を及ぼしている」と悩むことです。このように対比すると同じように「見られるという受動的状態」に対し、アメリカ人は他者視線恐怖といった他者志向的・外交的に反応し、、日本人は自己視線恐怖といった自己志向的・内向的に反応するのではないでしょうか。言い換えれば、アメリカ人より日本人のほうが、ある限度を超えると、自己執着的・主観的なるのと言えるのではないでしょうか。そしてここで飛躍しますが、「他人に嫌われるのが怖いと恐れる」多くの日本人の心性は自己愛的傾向の心性のの裏がえしと推測できるのではないでしょうか。つまり、日本人は「自分がかわいい」ので、「他人が気になる」と考えられるではないでしょうか?

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なぜ社会不安障害(SAD)がアメリカに多いのか?

対人恐怖という概念のなかったアメリカに比べ、対人恐怖という病名の昔からある日本でのほうが、社会不安障害(SAD)がより多いと思われるでしょう。しかし、最近の報告では、社会不安障害の有病率は日本でよりアメリカでのほうが高いのです。その原因の説明のとして、アメリカは競争社会であり、恥ずかしさや謙遜よりも自己主張が重視されるため、アメリカ人の中にもその流れに乗れない人が多いのではないかという考えがあります。それが正しいとすれば、今後日本でも社会不安障害は増えていくのではないでしょうか。なぜなら、これから日本でグローバリゼイションに伴うアメリカナイゼイションが進みむと思われます。そしてアメリカ並みに競争社会となり、人前で個人が自己主張しなければならない機会が増えていくでしょう。日本でもその流れに乗れない人が、社会不安障害として増えていくのではないでしょうか。

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外来通院でよくなる幻覚妄想状態は増えているか?

ねぎしクリニックに統合失調症の幻覚妄想状態の方が初診されることがあります。最近の数例の患者さんのケースに限ると当院から精神科病院に入院の依頼をせず、当院の外来通院で軽快されています。外来で支えられた原因のひとつとして、これらのケースでは、家族の支援体制がしっかりしていた、キイパーソンの支援が適切だったなどのことがあげられiます。しかしそれだけでなく、統合失調症の症状の軽症化、非定形精神病薬の有効性が関与していると考えられます。いずれにしても、精神医療が整備され、患者さんを地域で支えられることができるようになることはうれしいことです。

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後発医薬品(ジェネリック)を使うと薬剤料金が安くなる

後発医薬品(ジェネリック)を使うと薬剤料金が調剤薬局で安くなります。後発医薬品(ジェネリック)とは特許の切れた新発医薬品と効能・効果が同じ医薬品のことです。大手製薬メーカーが莫大な開発費をかけて製造した新発医薬品より、安く製造できるため薬価が低く抑えられています。2006年4月1日の診療報酬の改定に伴い、処方箋に後発医薬品の使用可と記載できるようになりました。当院でも可としています。この場合、処方箋に新発品の記載があっても、調剤薬局で希望すれば、後発品の使用が可能になります。そのため、薬剤料が安くなります。

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よく知らない人より顔見知りが苦手な社会不安障害(SAD)がある?

社会不安障害(SAD)はよく知らない人に注目され、恥をかくことを恐れると言われています。会議や集会などでよく知らない人達の前で発表するのが苦手と言うのが典型的な例でしょうか。

しかし、クリニックで診療をしていると、初対面の人より顔見知りの人が苦手という人に出会います。たとえば、外回りの営業で不特定多数の人達の前でしゃべるのは平気だが、会社で同僚と雑談するのが苦手という男性がいます。さらに、ばりばりのキャリアウーマンで大勢の前で講演するのは平気だが、子供の懇親会で少数のお母さん達の前で自己紹介をするのが苦手という女性がいます。この二つのケースを無理に一般化すると、仕事では平気だが、プライベートで顔見知りの人を相手にするは苦手ということでしょうか。しかし、これはあくまで推測です。

とにかく、初対面より顔見知りが苦手な社会不安障害(SAD)のケースがあります。

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「ケータイメール中毒」は重症の対人恐怖と関係するか?

人前であがるといったことがSAD(社会不安障害)といわれ、注目されています。ここで「ケータイメール中毒」は日本の重症の対人恐怖と関係があるのではないかという仮説を述べます。

アメリカで研究されたSAD(Social Anxiety Disorder 社会不安障害)は他人に注目される恐怖のみを扱っています。それに対して日本で研究された重症の対人恐怖は自己臭恐怖、自己視線恐怖、醜形恐怖などと呼ばれ、加害・忌避関係妄想性を帯びているといわれています。また、この恐怖は、他人に注目される恐怖に加え、「相手に不快感を与えるのではないか?」、「相手に嫌われるのではないか?」といった他者志向性を持っているともいわれています。アメリカ型社会に近づきつつあるといわれる日本でも、アメリカで発生頻度が少なくないとされたSAD(社会不安障害)が注目されています。しかし、クリニックで診療している感触では、SADだけでなく、「不快感を与える」「嫌われる」といった日本型の心性をもった人達は少なくないと思われます。

その一つの例として、クリニックのケースではありませんが、社会現象としての「ケータイメール中毒」をあげたいと思います。現代の若者の中で携帯電話はなくてはならないものになっています。その中で一部の若者は自分が出した「ケータイメール」に返信のがいつくるかといったことに心を奪われている「ケータイメール中毒」と呼んでよい状態になっているそうです。数十人の人たちと「ケータイメール」を一晩中やり取りしたり、返信の「ケータイメール」がすぐに来ないと不穏になったりする若者がいるというのです。これらには、相手が自分に対して肯定的な関心を持っていることに携帯電話を通して執着する心性が見られます。その背後には、日本で注目された重症の対人恐怖と同じ「相手に嫌われるのではないか?」という恐怖が隠されているのではないでしょうか。

しかし、精神医学的な考えを社会に当てはめて断定する前に、人は「誰からも好かれたい」と望むのではないかと考えるほうが普遍的ではないかと反論されるかもしれません。「誰からも好かれたい」という気持ちが「ケータイメール」のやり取りに強く出でいるだけかも知れません。

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”枯れる”というキーワードで”老い”を受容した気分障害(うつ病)

”枯れる”というキーワードで”老い”を受容したと考えられる気分障害(うつ病)の症例を報告します。一流企業の役員で定年間際の方が大腸にポリープが発見されたと狼狽して来院されました。この方は真面目、几帳面で、人生計画も綿密に立てて実行されてきた方のようで、定年後の悠々自適の生活も十分に計画されていたとのことです。ところが、ポリープが発見されたことで人生計画が狂ってしまったと不安、抑うつ気分が高じてしまったようでした。うつ状態に対して薬物療法を施行しますが、焦燥感、抑うつ気分はなかなか良くなりません。そのような状況が続く中でで、担当医がうっかり「あなたは生きる意欲も強くて、人生枯れてないですね。」ともらしてしまいました。そのとき本人は「ああ、枯れるですか。」と驚いたように顔を曇らせました。しかし、その時点から、本人は「こんなはずではなかった。」と担当医に嘆くことが少なくなり、薬の量も減っていきました。これは、自分の人生を順調にコントロールできていた人が”枯れる”という言葉をきっかけに、”老い”という自分の思い通りにならないことを受容して、心の安静を取り戻したエピソードではないでしょうか。

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パニック障害の頻尿と社会不安障害の頻尿

教室、会議室で頻尿になると苦痛を訴える人たちがいます。

この切迫した尿意による苦痛には二つのタイプがあると考えられます。

一つは広場恐怖を伴うパニック障害によると判断される頻尿よる苦痛です。授業や試験により教室に拘束される時や、あるいは重要な会議のため中座を申し出ることができない時など、閉ざされた逃げられない状況になるこことを予想したために生じる広場恐怖を伴うパニック障害によると判断される切迫した尿意による苦痛です。

もう一つはは社会不安障害によると判断される頻尿による苦痛です。教室でよく知らないクラスメイトに顔を合わせなければ時や、会議で自分の意見を発表しなけれならない時など、人の注目を受けることを予想したために生じる社会不安障害に伴う切迫した尿意による苦痛です。

では就職活動で会議室で面接を受ける場合の頻尿による苦痛はどうでしょう。重要な面接のため中座を申し出られないと予想したために生じた広場恐怖を伴うパニック障害による切迫した尿意の苦痛でしょうか。それとも、面接官たちの質問に対し自分の意見を発表しなければいけないと予想したことによる注目されることを恐れる社会不安障害による切迫した尿意による苦痛でしょうか。いずれにせよ鑑別診断の難しいケースです。

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過敏性腸症候群と紛らわしい切迫した便意のパニック障害

出勤途中の電車の中で急な腹痛、切迫した便意がおこり、途中下車して何度もトイレで排便を繰り返す人たちがいます。

そのような人たちは過敏性腸症候群と診断されることが多いようです。しかし、、その人たちの中に閉ざされた逃げられない状況で便意を生じる広場恐怖を伴うパニック障害の人たちが紛れ込んでいることがあります。このパニック障害の人たちも電車に乗ると切迫した便意を生じ、トイレに行きたくなります。そして、この人たちに過敏性症候群の薬物療法をしてもあまり効果がありません。中にはよくならないため通院を中断して、あきらめているいるケースも珍しくありません。

このパニック」障害のによる便意の人たちにパニック障害の薬物療法を施行すると、劇的によくなることがあります。通勤だけでなく旅行などで長時間にわたり電車・バスに乗ることができるようになり、大変喜ばれることがあります。この場合に、過敏性腸症候群による便意とパニック障害による便意を鑑別する大切なポイントがあります。それは過敏性腸症候群では強い腹痛を伴う便意であり、パニック障害では腹痛を伴わない、あるいは腹痛というより腹部不快感を伴う便意であることが多いと言うことです。

切迫した便意の消失により、旅行で遠出ができるようになりましたと喜んでいただけることはうれしいものです。

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ホームページをリニューアルしました

ホームページを全面的にリニューアルしました。わが国でも「うつの時代」や「不安の時代」と言われ、メンタルクリニックに通院することに対する偏見が減り、心療内科・精神科に通う人が増えています。今回のリニューアルの目的は以前のホームページのわかりにくい点を改善し、当院はこんなメンタルクリニックだと知っていただくことです。今後、誰に対しても敷居の低い、「心の病気」のクリニックになるよう努力していく所存です。今後、地域の町医者として、心療内科・精神科の臨床医として、真面目に取り組んでいきたいと思います。よろしくお願いいたします。

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