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あがり症に対する「恥」を、日本人は主観的にとらえ、アメリカ人は客観的にとらえる?

「あがり症」を日本の「軽い対人恐怖」とアメリカら入ってきた「Social Anxiety Disorder(SAD)・社会不安障害」と同じものとして考えてみます。日本の対人恐怖の説明には、本人は「対人恐怖」を「恥」と考えて悩むと書いてあります。そして、アメリカの診断の手引きにも、社会不安障害の診断基準に「自分が恥をかかされたり、恥ずかしい思いをしたりするような形で行動(または不安症状を呈したり)することを恐れる」と書いています。アメリカ人でも日本人と同じように「恥ずかしい」と考えるのですね。次に、日本では対人恐怖の人は「恥にとらわれ、執着する」よく言われます。そして、アメリカの診断基準では「その人は、恐怖が過剰であること、または不合理あることを認めている」と書いてあります。この日本の「とらわれ・執着」とアメリカの「過剰・不合理」という点は、日本人とアメリカ人の「恥」に対するとらえ方の違いではないでしょうか。飛躍した理解かも知れませんが、つまり、日本人は「恥」を主観的考え、アメリカ人は客観的考えるといえるかも知れません。

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日本人には顔見知りのあがり症が多い?

「旅の恥はかきすて。」という諺があります。これは、日本人は旅行をすると、大胆にになり、思い切ったことをするという意味でしょうか。これを「あがり症(社会不安障害)(軽い対人恐怖症)」の観点からみると、日本人は、初対面の人の前では、固くならず、自由に行動できるが、顔見知りの前では、固くなり、行動を抑制するということでしょうか。そうすると、日本人のあがり症は、初対面のに対してではなく、顔見知りの人に対して多いということができます。このことを、日本の「村社会」の概念から考えるのは、私の能力以上のこです。それはともかく、日本人の世界旅行好きと、マナーの悪さの定評は今もあるのでしょうか。

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